ホメオパシーの歴史

ホメオパシーの開祖、サミュエル・ハーネマン

ホメオパシーの開祖、サミュエル・ハーネマン

ホメオパシーの思想的の源流は、およそ2500年前に医師をしていた「医学の父」とも呼ばれるヒポクラテス (460 BC – 370 BC )まで遡ると主張している人もいますが、ホメオパシーは約200年ほど前に、サミュエル・ハーネマンという人がはじめたものです。

ヒポクラテスの肖像

ヒポクラテスの肖像画

ヒポクラテスの誓いと呼ばれる宣誓でも有名ですが、医師としても卓越していたようで、呪術的な迷信ではなく論理と客観的な観察に基づく診察を徹底していたといわれています。

ヒポクラテスは、薬には二つのタイプ、「反する作用を持つもの」と「似たような作用を持つもの」があると考えていたようです。 具体的には、下痢の症状があるとすれば、「反するもの」」は便秘を起こすような作用があり、「似たようなもの」は下痢を起こす作用があります。

そして実践において、「反する作用をもつもの」は、長期的には問題を悪化させ、さらに多くの薬が必要になると判断し、根本的な解決をするために「似たような作用をもつもの」を使用することを好んだそうです。

ホメオパシーは「Homoepathy」と綴られますが、この言葉はギリシャ語より由来していて、「Homoe」というのは「似たもの」という意味であり、「pathos」というのは「苦しみ、病気」という意味があります。 従って「Homoepathy」とは「似たような苦しみ」という意味になり、ホメオパシーの根本原理である、「似たようなものが、癒しをおこす」に通じています。

(ヒポクラテスの話は、ホメオパスの中では、広く知られていますが、どの歴史的資料から情報を得たのか気になり調べてみたものですが、決定的なものはみつかりませんでした。まあ話八分で、エピソード的に考えてください。)

200年前に、ドイツにSamuel Hahneman : サミュエル・ハーネマンという医師がいました。 彼は医師として働いていたのですが、当時の医学は野蛮とも言える施術をしており、患者に怪我を負わせてしまうような治療や、薬というよりも最早毒としか言 えないような投薬が平然と行われていました。

一例をあげますと、腫瘍をなくすために、水銀を使用するといったようなこともあったようです。

ハーネマンはそのような医学の姿勢に非常に疑問をもっており、一時期、実際の診療からは離れ、医書の翻訳などをしながら生計をたてていましたが、常日頃から安全で有効な医術を編み出したいと考えていたようです。

そんなある日、彼はハーブ療法について書かれた本をドイツ語に翻訳している際、興味深い記事を見つけました。

そこにはマラリア熱の治療方法が書いてあったのですが、キナの木の皮を煎じて飲ませたものが非常に有用であると述べてありました。

それによるとこの樹皮にある苦み成分が、ある種の強壮作用をもち、マラリア治療に効果的であると記してあったのですが、ハーネマン自身の知りうる限りでは他の似たような作用をもつ樹皮では必ずしもマラリアに有効な結果が得られるわけではありませんでした。

何故似たような作用をもつはずの薬でも効果がないのに、この樹皮だけは効くのかという疑問が頭から離れなかったハーネマンは、キナの樹皮を煮込み、自身で服用することでどのような作用が体に現れるのか実験を行うことにしました。

彼は数日間に渡って服用し続けたのですが、日が進めにつれてまるで彼自身がマラリアにかかったかのような症状が現れ始めました。

そして最終的にこの実験を終えてキナの樹皮の服用をやめ、時間が経つにつれ症状も消え去ったのです。

ハーネマンは、この実験の結果、「健康な人間にマラリアのような症状を引き起こすものは、マラリアを治す効果があり、それは他の病気でも同じことが言えるのではないか」と考えるに至ります。

その後、彼はこの発想のもとに研究を重ねホメオパシーの根本原則として掲げられている「Like cure likes」、ラテン語で「Similia similibus curentur」、「似たようなものこそが似たものを癒す」という思想を打ち立てるに至ります。

ハーネマンが用いた方法で、現代までに数えきれない量のレメディーが実験されその効果を記録されてきました。

現在では数千種類のレメディーが開発され、世界中で用いられています。