【書評】上杉鷹山の経営学

上杉鷹山の生涯を紹介しながら、彼が一体どういう方針、思想で生きて改革を行なっていったのかということに焦点をあてている本です。

鷹山の名前は、知る人ぞ知るとまでは言わないにしろ、歴史に興味を持っている人ならばともかく普通は知らないというレベルの知名度でしょうか。かのジョン・F・ケネディーが、尊敬する日本人は誰かと聞かれて、上杉鷹山と答えた際には、記者団が「だれ???」となったという話も残っています(笑。

鷹山は約220年ほど前に、崩壊寸前の状態にあった米沢藩を奇跡的に立て直すという素晴らしい実績を成し遂げた人で、また今日においてもなかなかその域に達している人の少ない本質的で普遍的な思想を持って改革にあたり、多くの経営者の見本とみなされている人です。

知らない人もいらっしゃると思うので、軽くバックグラウンドを紹介します。

鷹山は、米沢藩(山形県の米沢)の上杉家の当主でした。これはかの上杉謙信の流れをくむ名門の大名家ですが、謙信のころには200万石あった家禄は、関ヶ原での敗退などの紆余曲折を経て、鷹山のころには15万石まで減封されていました。

しかし一方で家臣団を減らすことはせず、大藩だったころと同じ人数を抱えて、国家の体や行事もそのレベルをキープしていたのですから、財政はアップアップというかすでに沈没状態。藩士の給与だけで、国の予算の9割が占められていたそうなので、それ以外の必要なことは借金をして国を回している状態。まさに倒産寸前です。また農民は絞られるだけ絞られ、間引きも当然の状態。生きていけないので、田畑をすてて藩から逃げ出すの農民がどんどん出ている状態でした。
さらにヒドイことには贅沢好みの殿様にもあたってしまい、もうまさにどうしようもない状況になっていました。

鷹山の先代は、もうこれ以上は藩を維持できないので上杉家を幕府に返上して、一回ご破算にさせてほしいという相談を徳川家にしたのですが、名門を潰すのは惜しいということで、なんとか頑張ってみなさいという返事。

そんな中で、藩主に就任したのが鷹山です。

実は鷹山は上杉家の人間ではなく、日向(現在の宮崎)にあった高鍋の秋月という小さな大名家の子供でしたが、養子として上杉家に入りました。

つまり、殿様の家に養子にいったはいいけれども、破産手続き一歩手前の、赤字会社の社長を無理やり押し付けられたという状況です。
さらに養子として入るにあたって、上杉家の娘を嫁にとったのですが、その娘が心身障害者で幼児程度の知能しかない状態。

殿様なのに、信じられないビンボーくじを引かされた可哀想な青年だったのです。

しかし、若干17歳で藩を引き継いだ鷹山は、最終的に藩の立て直しに見事成功し、東北でも有数の豊かな藩にすることに成功します。

鷹山が改革を行うにあって、様々な壁がありましたが、大きく分けて3つの壁がありました。

1.制度の壁

2.物理的な壁

3.意識(心)の壁

そして、鷹山の他と違ったところは、心の壁が一番の大きな問題だと認識していたところです。

心の壁を取り除くために、鷹山は

①情報はすべて共有する

②職場での討論を活発にする

③その合意を尊重する

④現場を重視する

⑤城中に、愛と信頼の念を回復する

を掲げました。特に鷹山は、⑤の「愛と信頼」を非常に重要と考えていました。

当時、様々な藩で改革が試みられていましたが、成功したところはほとんどありません。鷹山は、その原因は、改革を行うものたちの心が、結局は自分たちが富むためや権威の復活のために行うことにあり、この「愛と信頼」の欠如が故に改革は上手くいかなかったという非常にユニークな考えをもって改革を実践して行きました。

当時の武士階級は、「農民と胡麻の油は絞れば絞るほどよく出る」という言葉が残っているように、民を富ませるという思想は全くありませんでしたが、鷹山は民富こそが政治の本質と目的であり、下々が豊かになれば上に立つものも豊かになるという考えのもとに改革を断行していきます。

米沢藩には元来、特産品が乏しく、また気候的にもそこまで稲作に最適な環境ではありませんでした。そこで鷹山は、農作物を作るだけでなく、様々な工芸品をつくることによって、付加価値の高いものをつくることで財政の立て直しを図ります。これは現代でも同じように付加価値のある商品にチャンスがあるという点で共通の先見の明がありますね。

しかし、当然、よそからきてポンと殿様になった人間にたいする反感を持つ人も多く、一筋縄では改革は進みませんでした。上杉家代々の重臣に大きな反発を受けたり、自分の腹心の裏切りなどもありながら、それでもひたむきに藩の経営を立て直しに尽力していくことで、多くの人が熱に感化されて大きな流れができていくのはまさに奇跡的な物語のようです。

200Pほどの本ですが、鷹山の改革における殖産興業の発想もさることながら、いかに多くの反対勢力を説き伏せ周囲の人間を巻き込んで改革を成功させたかの経緯なども面白く、没頭して読んでしまいました。

経営の成功例としてみても面白いですし、歴史好きの自分としては、あの上杉謙信の上杉家でこんなことがあったなんて!という驚きがありました。

マーケティングも商品開発も大事ですけれど、やはりそういった何もかもが人間から生まれるもので、人間が変わるとき何もかも変わることができるんだなという感を強く持ちました。

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